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「愛道」  producers:  ペレス桜子&薬師寺・真人
by sakurita1
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skin by excite
cancun weather



# by sakurita1 | 2005-09-28 17:32
「マヤ神話」 日本初公開
テゥンクルチュが鳴いた時は...

翻訳:ペレス・桜子

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マヤ王国では、不思議な鳥がいつも一人ぼっちで、住んでいると言われている。
それは、テゥンクルチュ、もしくはフクロウだ。フクロウが鳴く時は、マヤ人は恐怖で震える訳は、死を知らせるからだ。
これは、単なるの意地悪でやっていると言う人がいる。なぜ?テゥンクルチュは、夜になると墓地でぶらぶらするのが好きだからと言われている。又は、大昔、マヤの魔女が死を迎えた時にテゥンクルチュに成ったと言う声も少なくない。
別の神話では、昔はテゥンクルチュは、鳥の中では一番頭が良いものと知られていた。他の鳥達に尊重され、相談や悩みを聞いて欲しく、テゥンクルチュの教えを聞くため、フクロウを訪ねていたとのこと。
ある日、テゥンクルチュの所に手紙が届いた。それは、鳥王国の宮殿で行われるパーティの招待状だった。テゥンクルチュは、祝い事は好きではなかったけれども、今回の場合は皇族からの招待だけあって行くことにした。そして、正装したテゥンクルチュは、初めて、パーティに参加することになった。
テゥンクルチュウが到着すると、一番席が用意され、絶品料理が出、バルチェ(マヤのお酒)も出てきた。しかし、テゥンクルチュは、バルチェに飲み慣れていなかったから、直ぐに酔っ払ってしまった。他の参加者もいつの間に酔ってしまい、パーティが、叫びや、笑い声で、やかましいものに変わっていった。
酔った鳥達の中で特に面白かったのはチョムだった。酔ったチョムは矧げた頭に花飾りを着け、誰かと躓くたびにゲラゲラ笑っていた。逆に、普段うるさかったチャチャラカは静かだった。どの鳥も自分をアピールしながら、パーティの一番の注目になりたく、ついつい、テゥンクルチュが一番になってしまった。あまりの酔いにダジャレを次々と言い、一本足で踊りながら、ころんでばかりいた。
ちょうどその時、いたずらで有名なマヤ人が通りかかった。鳥達の騒ぎを聞いたマヤ人は、皆にいたずらをしようと考え、パーティへ入っていった。マヤ人のいたずら気分は、バルチェを飲んで、酔ってしまった時にピークを足した。
すると、マヤ人は鳥達を馬鹿にした感じで笑い出し、直ぐにテゥンクルチュに注目した。テゥンクルチュの後を追い、羽をひっぱり、可愛そうに酔ったテゥンクルチュは、うまく逃げられず、滑りころんでばかりだった。
今度はイ意地悪なマヤ人が取った行動は木の棘を持ち、テゥンクルチュを捕まえ、足にとげをどんどん刺した。酔ったテゥンクルチュは、うまく逃げられず、足をできる限り動かして、棘から逃げようとし、他の鳥達は、いじめに気が付かず、単なるテゥンクルチュが踊りだしたと勘違いし、大笑いの連続だった。
結局、イジワルのマヤ人が酔いつぶれて、寝てしまうまでテゥンクルチュが逃げられなかった。パーティが終わって、鳥達がまだ酔った間々、テゥンクルチュの可笑しな行動を思い出す度、鳥達は、笑ってばかりいた。あまりの恥じとイカリでテゥンクルチュは今後、誰にも尊重されないと恐れ、マヤ人のいたずらに復習するとことにした。あの日から何日も一番のバツを与えることしか考えていなかった。マヤ人のいたずらのせいで、侮辱されたテゥンクルチュの憎しみは、マヤ人全員に復習しなければと思った。それをするためにテゥンクルチュは、自分の得技を利用して、復習できることを思いついた。それは、匂いを嗅ぐことにあった。復習するため、毎晩、墓地に行き、死の匂いを覚えるようにした。
それ以来、テゥンクルチュは、マヤ人に死の時がやってくることを知らせる宣言をするようになったと言われている。つまり、死が近い人に近づき、何度も、何度も鳴く。

ここから、「テゥンクルチュが鳴くと人は死ぬ」と言われるようになったのではないでしょうか。
たしかに、テゥンクルチュは、これ以上の復習を選ぶことはできなかったでしょう。なぜなら、その鳴声を聞いて、震えない人は居ないのだから。

読者へのメッセージ:
    ご感想、ご意見をメールでお待ちしております。どしどし送ってください。

著者のホームページ
http://masato-sakurako.com
著者のメールアドレス
sakurita@k5.dion.ne.jp
# by sakurita1 | 2005-09-04 13:41 | 「物語」
Producers Profile
Perez Sakurako
1973年 メキシコシティー生まれ、育ち
1993年 日本文部省、奨学金、日本留学 「御茶ノ水女子大学」
1996年 メキシコ国立大学卒業、 応用数学及びコンピューター専攻
1998年 日本国際協力事業団より日本での研修  「情報処理」
1999年~スペイン語圏企業、米国企業、日本企業で通訳、翻訳、語学教師、
      ウェッブデザイン等の仕事をしながら、旅をする。
2003年~ メキシコのカルブ海(カンクン)と日本の半年づつの生活始める
2005年10月 カンクンに移住
2006年 会社設立
現在: メキシコのカルブ海(カンクン)夫婦で会社を経営し、趣味で本を書いている。

Yakushiji Masato
1968年   埼玉県生まれ
1992年   東京国際大学、商学部 卒業  
93~94年  トロント国立大学 留学、カナダ
95~96年  2度目の カナダ留学
1997年 メキシコ国立大学、留学
1993~ 日本企業で仕事をしながら、世界各国を旅し、写真を撮っている。
2003年~ メキシコのカルブ海(カンクン)と日本の半年づつの生活始める
2005年10月 カンクンに移住
2006年 会社設立
現在: メキシコのカルブ海(カンクン)夫婦で会社を経営し、真を撮っている。

読者へのメッセージ:
    ご感想、ご意見をメールでお待ちしております。どしどし送ってください。 カンクンに来たら是非一度、声を掛けてください。

著者のホームページ
(世界各国の写真集)
http://masato-sakurako.com
(カリブ海での生活情報誌)
http://clubalagua.hp.infoseek.co.jp
(株式会社NLSG)
http://www.nlsg.net
著者のメールアドレス
sakurita@a2.shes.net
# by sakurita1 | 2005-09-02 11:57 | Producers profile
王貞治氏が主催する「世界少年野球」
WCBF 2005
World Children's Baseball Fair

George Santiago (head coach), Mr. Sadaharu Oh and me walking in Maebashi General Sports Park, in Gunma.


Mr. Sadaharu Oh with George Santiago (head coach) and me translating.


We staff with George.


Children from all over the world learning baseball and depeening their friendship.


Me with the Puertorican team.
# by sakurita1 | 2005-08-10 19:11 | 「写真」
Living in the Mexican Caribean CANCUN
海外生活GO GO! 楽園カリブ海、カンクン
Our house in CANCUN. "LA CASA DEL ARBOL"

[上」 前から見た感じ、大きな木が大好き(マヤの木:フランボヤン)
(above) Frontal view, we love the awesome big tree ( a Mayan tree called: Flamboyan)

「上」 入り口は、二つに分けて、立ててみた。左側はセメントの壁でありながら、光と風通しができる仕組み、そして木の器に見えるようなデザインにした。右側はメキシコを代表する溶接を活かせながら、大きなフェンスをつけることで、広々した感じで、車の出し入れが楽になるのがポイントでした。
(above) Other frontral view. We designed this view in two ways: the left side was made of cement, but we thought it would be nice to keep letting light and breeze to come freely, so the shape it has. In addition, the cement wall has the form of a flower pot, (where are the flowers?...well is a big flower pot for our flamboyan tree).
The right side was made of traditional Mexican welding fence, so it feels spaceful and it eases the parking of the car.


「上」 全体を見て、大好きなベルデ君も (愛車)。
(above) Overall view, including "VERDE", our Jeep Grand Cherokee.


「上」 モダーンアジアンをコンセプトにしたインテリア。ダイニング。
(above) The interior concept is basically "modern Asian". Dinning area.


「上」寝室とトイレ以外には、区切りをなくした。
(above) Else than bedrooms and the washroom, we got rid of all walls dividing each space.

# by sakurita1 | 2005-06-30 15:07 | 海外生活GO GO!
沖縄の色

# by sakurita1 | 2005-06-26 11:57 | 「写真」
イラストを描いてみませんか
このブログに出している、「パン屋と商社マン」の物語を絵本のしようかと思っている。

一緒にイラストを描いてみませんか。一緒にこのぬくもりのある物語を絵本コンテストに出してみませんか。

コメントの欄まで連絡下さい。

ペレス・桜子
# by sakurita1 | 2005-06-07 13:40 | フォーラム
メキシコ面白習慣

「頭蓋骨を食べるメキシコ人」
あなたは知っていましたか。陽気でにぎやかな祭り。
これを読んだら、あなたも、きっと、
頭蓋骨を食べたくなるに違いない。


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 メキシコには「死者の日」と呼ばれているお祭りがあります。その日は亡くなった人が家族や友人に会える日で、11月1日と2日、メキシコ人は砂糖やチョコレートでできた頭蓋骨を食べ、陽気にこの日を迎えるのです。
 この「死者の日」は日本のお盆に似ていて、亡くなった人が1年にこの2日間だけ、生前に住んでいた家に帰ることができると言われています。彼らを迎える家族は死者が家までの道を迷わないよう、オフレンダを飾ります。オフレンダとは亡くなった人の写真や生前に好きだった衣類や楽器、仕事道具、タバコやお酒などでテーブルの上を飾りたてることです。そして好物だった食べ物や、モレ(カレーに似た料理)やタマレス(トウモロコシと豚肉の蒸しパン)などのメキシコの伝統的な料理を少しだけ置きます。そのテーブルには砂糖やチョコレートでできた頭蓋骨も飾ります。たくさんのロウソクをつけてオフレンダを輝かせ、センパスチトルという独特な匂いを持った濃い橙色の花を飾り、コパールというお線香をつければ、その強い香りで魂を呼ぶことができると言われています。
 オフレンダの中央に置かれるパン・デ・ムエルト(スペイン語で死者のパンという意味)は、ちょっと見は普通のパンですが、ちゃんと意味があります。てっぺんにある丸い部分は頭蓋骨を表し、そこからニョロニョロと流れている部分は、これは骨とも涙とも言われています。このパンは10月下旬から11月下旬まで、どのパン屋でもあふれるほど売られています。卵がたくさん使われていて、とても美味しいモノです。
 先ほどの砂糖やチョコレートの頭蓋骨ですが、これをメキシコではカラベリタ(直訳すると小さな頭蓋骨)と呼んでいます。この時期、これを売る店が道端にたくさん並び、町をカラフルにします。カラベリタはオフレンダに置くために、自分や家族、親戚のために買うだけでなく、友だちや同僚、好きな人、先生や会社の上司にプレゼントするために買う人も多い。できるだけ派手なモノを選ぶのがコツで、選ぶとお店の人が名前を入れてくれるので、バスや地下鉄で先生や上司の名前の入った頭蓋骨を持った人を多く見られるのも、この時期の面白い光景です。
 もらった人はしばらくの間それを飾り、少しずつそれを食べたり、コーヒーに入れたりして使います。この時期にメキシコに来て、砂糖の頭蓋骨や死者のパンを食べてみませんか。
 さらに死者の祭りをにぎやかにするために、カラベラスの演劇が始まります。カラベラスとはスペイン語で頭蓋骨を意味するのですが、ここでは死者の日にだけ朗読される詩のことです。19世紀から始まった習慣のようですが、最初はパンテオネス(墓地)と呼ばれていました。友だちや親しい人のために詩を書き、それをみんなの前で読むのです。カラベラスの内容はその人の特徴や欠点、または今まで言えなかったことをみんなの前で朗読するのです。必ずユーモラスな書き方をするので、それを聞いてみんなで笑うのが特徴です。
 時には、かなり痛烈な内容だったりもするのですが、これが大ブームになり、19世紀からいろんな作家や漫画家がそれを使って政治家の悪口を言いだして、一時は禁止にもなったと聞きました。今では少なくなりましたが、この伝統はまだ残っています。カラベラスを詩ではなく漫画にし、一躍有名になったのがホセ・グアダルペ・ポサダスで、ポサダスは蓋骨を使って日常生活や政治的なことを描きました。蓋骨といってもけっして怖いイメージではなく、お茶目な感じ。色紙を使ったポサダのカトリナ(金持ちの女の蓋骨の意味)やドン・キホーテの蓋骨バージョンや自転車に乗っている蓋骨の絵などの色鮮やかな紙でオフレンダを飾ったりもします。
 そして忘れてはいけないのは、死者の日には墓地に行くことです。墓地はセンパスチトルの花の濃い橙色であふれ、様々な食べ物がお墓に置かれ、陽気な音楽や歌がいろんなところから聞こえてきます。踊っている人もいて、亡くなった人の話で盛り上がり、大騒ぎしながら墓地で1日を過ごします。
 どの墓地でもこのような光景を見ることができますが、いちばんのメッカはパツクアロ湖の夜の祭り。メキシコシティーの北バスターミナルからバスで行くことができるこの湖には、ハニットショという小さな島があり、ここに住むタラスカン・インディオの「死者の夜」がメキシコで一番大きな祭りだそうだ。インディオが島のてっぺんから一列になって墓地に降りてくるのですが、小さなロウソクを持ってゆっくり、ゆっくりと墓地に向かう列は永遠に続くようです。その一夜は、誰もが眠らず、墓地で亡くなった人の魂が帰ってくるのを待って一緒に過ごします。
 死は誰がどこにいても避けることができません。ならば怖くないように楽しく迎えよう、とメキシコ人は思いながら死者の日を迎えるのです。

# by sakurita1 | 2005-05-30 17:40 | 「物語」
詩のコーナー
今日、メキシコで噴火した、火山...じゃないけど。

日本語とスペイン語の詩です。


好きなことには限界がない

No hay límites para aquello que realmente quieres
プエブラ、メキシコ
詩:ペレス・桜子  写真:薬師寺・真人
# by sakurita1 | 2005-05-25 19:00 | 「詩」
火曜の「フォーラム」
「あなたにとって、何が ”いやし”?」

1.美味しいものを食べること?
2.好きな音楽を聴くこと?
3.週末、お出かけすること?
4.写真を見ること?
5.本を読むこと?
6.習い事をすること?
7.ドライブすること?
8.映画やビデオを見ること?
9.人と逢い、お話しをすること?
10.マッサージやスパに行くこと?
11.手芸をすること?
12.その他。

私は、1、3、11、がベスト・スリーです!。美味しいものを食べる時の喜びは絶対に変えられないし、普段と違う場所に行くのも大好き。そして自分で集中しながら、心がホッとするのが手芸。例えばランプ作り。
# by sakurita1 | 2005-05-24 17:19 | フォーラム
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